可視化法学

とかく複雑な法律を情報技術の力を使って分析するプロジェクトです

各国デジタル法制執務アプリの機能比較

概要

国会で提出した法案にミスがあったため、法制執務について関心が集まっている。法案を作成する際に人手による手作業が多いようだ。一方、他国では法制執務にICTを活用する取り組みが始まっている。他国のデジタル法制執務の機能一覧を作成し比較してみる。

今回参考にした韓国、EU、ドイツ連邦で行われている法令執務へのデジタル化の特徴を列挙する。

  • 立法の草案作成、審査、など全ての過程をオンラインで行うことを想定している。
  • 内部的には、XMLなどを用いて、内容と構造を分離している。レイアウト(一字下げなどで)で構造を表していない。
  • バージョニングの概念を導入している。
  • レビューやコメントなど、オンライン上で審査を行う仕組みを導入している。

以下、他国で法制執務のデジタル化でどのような取り組みが行われているか紹介していく。

目次

各国比較の目的

法制システムの電子化は各国行われており理由は大体似ている。 主な理由として、社会の高度化複雑化に対応して、法令の作成・改正が頻繁に行われるようになってきたこと、デジタル技術の発達により人手で頑張るよりITによる支援を受けたほうが効率化することが挙げられる。 今回、各国比較をするのはデジタル法制システムの優劣を決めるということが目的ではなく日本でも法令システムのデジタル化をするにあたり必要な機能の洗い出しが目的だ1

事の経緯

国会で提出した法案にミスがあったため、法制執務について関心が集まっている。著者は、「可視化法学」 というプロジェクトを個人でやっているため、なぜか弁護士ドットコムで次のようなインタビューを受けた。

https://www.bengo4.com/c_18/n_12938/

最近、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの方と法制執務について議論をしています。。他国のデジタル法制執務を参照し機能の比較を行うことで、日本国の法制執務のデジタル化のヒントを探れればと思っている。

参考とする法制執務システム

各国のデジタル法制執務、進捗具合

上記に挙げた例の内韓国の例はすでに実際に導入済みのようだ。LEOSはソフトウェアとしてリリースされている。現在バージョンは3.0.0だ。 ドイツ内務省、及びオーストラリアのニューサウスウェールズ州の例はまだ概念レベルと言った感じだろう。

韓国における立法支援システムの調査報告

角田篤泰 齋藤大地 関根康弘 等によって書かれた、こちらの報告書を元に、韓国のデジタル法制システムを見ていく。

韓国のデジタル法制システム

上記報告書によると、韓国の法情報システムは、 - 国家立法支援システム - 法令情報提供システム の2つがあり、国家立法支援システムは

国家立法支援システムとは、各省庁の法令起案から法制処での審査、 閣議審議及び国会審議、法令の公布までの政府立法について、そのすべ ての過程を電子的に管理することを目的とした、立法の総合管理システムである。

とのことだ。

国家立法支援システムの機能として、 - 法令案起案機能(法令案情報カード機能) - 法令案管理機能(立法予告機能) - 立法エディタ機能 - 省庁協議結果登録機能 - 審査依頼機能 という機能がある。

導入の経緯として、韓国も日本と同じように、社会の高度化、複雑化に伴い、法令が増え、また頻繁に改正されるようになった。日本の立法爆発と同様の現象が起こっている。そのため、立法過程の改善のため立法の支援システムが導入された。2

国家立法支援システムの機能は - 省庁の職員による法令起案(主に改正)の自動化・標準化を目的とした立法エディタを提供している - 法令文書の作業フローとその履歴を管理すること の2つを行うことができる。

EUのデジタル法制執務支援ソフトウェアLEOS

EUでは、オープンソースのデジタル法制執務のためにソフトウェアLEOSを開発した。

LEOSの紹介文によると、

LEOSは、複雑なプロセスを必要とする法律案の作成に携わる人々のために、オンラインでの効率的なコラボレーションを可能にする。コメント、提案、バージョン管理、共同編集など、すべてが揃っている。起草者がルールを守りミスを避けるためのものだ。コンテンツは現在、Akoma Ntoso V3というXML形式で保存されている。

LEOSの特徴

ELOSの特徴は以下のようだ。

  • 共同編集
  • 構造化データ
  • バージョン管理
  • レビューコメント
  • インポート
  • リッチテキスト

それぞれ詳しく見ていく。

共同編集

LEOSはオンライン上の編集ツールとして提供される。全ての編集者は単一のワークスペースで作業ができる。一つの草案を同時に編集できる。

構造化データ

法の構造を予め用意したテンプレートから作成したり、編集できる。更に内部参照は、動的に追加更新される。

バージョン管理

ユーザーはバージョン間の比較を瞬時に行うことができる。この機能により、ユーザーはバージョン間の比較を瞬時に行うことができ、タイムラインは視覚的に表示され、管理が容易になる。

レビューやコメント

また、レビュー、コメント、提案などの機能も用意されており、それらを承認(または拒否)して、草案に直接マージすることができる。これには変更履歴オプションも含まれています。

インポート

欧州連合官報などの既存のソースからテキストを再利用する必要がある場合は、インポート機能を使用できる。ある法律の一部またはすべての条項をインポートすることができる。

リッチテキスト

テキストに画像や表、数式などを追加可能だ。リッチテキストはそのままでも、プラグインを追加してカスタマイズすることも可能。

LEOSの動かし方

LEOSはオープンソースなので自分で動かすことができる。私が動かし方のマニュアルを書いた。こちらのサイトを参考に動かしてほしい。

ドイツ連邦内務省

ドイツ連邦内務省に関して次のページを参考にした。

Drafting and reviewing legislative texts in a digital age

タイトルにデジタル時代の草案作成とレビューとあるように、法制執務にフォーカスしたものになっている。

このプロジェクトの意図としては、

  • 立法プロセスでいろいろなITシステムが一貫性なく使われている。
  • 立法がどんどん複雑化している

そのため、立法の作成とレビューのプロセスと一貫したプロセスとして電子化することは次のような利点を持つと考えた。

  • 今システムのユーザーは、法制システムの各ステップで支援される。開始、スケジューリング、政府機関内の調整プロセスなど。
  • 一度納められたシステムは何度でも再利用できる
  • プロセス全体や各ステップは永続的に記録される

次のような事を目的とする

  • 連邦立法プロセスに新たなIT基盤を構築する。
  • 連邦政府、ドイツ連邦議会連邦参議院、調停委員会、連邦大統領府の内部および相互間で、このプロセスにおける既存のメディアの不連続性を解消する。
  • 連邦レベルの立法プロセスを、最初から最後までシームレスで相互運用可能かつ電子的なものにする。
  • 最新の技術開発に合わせて立法プロセスを更新し、将来への準備を整える。

作ろうとしているシステム

  • 立法文書の共同編集機能
  • デジタルプロセスガイド(eViR)
  • 立法草案の電子作成(eVoR)
  • 法的ガイドラインのデジタルライブラリ

システムのスケジュール

プロジェクトは2023年半ばに完了し、デジタル立法支援の機能は繰り返して拡張される予定だ。プロセス管理モジュールや立法文書の共同起草、コメント、承認のためのテキストエディタなどのコアモジュールが順次デジタル立法支援に組み込まれていく。

このプロジェクトの課題と技術基盤

このデジタル立法支援の中心的な課題は、連邦政府、ドイツ連邦議会とその議会グループ、連邦参議院、国家規制管理評議会、連邦大統領府における立法プロセスを初めて完全に文書化することであった。3 このプロセスの目録が電子立法プロジェクトの技術設計の基礎となっている。

現在組み込みを予定している各アプリケーション

  • 法律ガイドラインのデジタルライブラリーでは、ユーザーが最新の情報を一元的に見つけることができる。
  • eNAP(Electronic Sustainability Check Application)は、提案された法律や条例の持続可能性を簡単に評価することができる。
  • デジタルプロセスガイド(eViR)は、連邦政府法案の起草プロセスの各ステップをユーザーに説明する。
  • 電子スケジュール・アプリケーション(eZeitplanung)は、立法案に必要なスケジュールの作成を容易にする。

加えてLegalDocML.deと呼ばれるコンテンツデータ規格がE-Legislationのために特別に開発されました。この規格の目的は、立法文章の正式な法的構成と構造を機械で読める形式で再現し、その文章がプロセスを超えて取り扱えることを保証することにあります。したがって、LegalDocML.deは、E-Legislationと立法プロセスのデジタル化の礎となるものと考えられる。

デジタル立法支援のためのXML言語

立法プロセスは、複雑で様々な機関にまたがる。立法プロセスを最初から最後までデジタルでシームレスにするためには、関係するさまざまなアクターのために共通のルール、手順、フォーマットを定義し、データや情報が常に一貫して解釈されるようにすることが不可欠である。 デジタル立法文書の基本規格は、コンテンツデータ規格であるLegalDocML.deです。これは国際標準のLegalDocMLに基づいており、デジタル立法支援プロジェクトにおいて、ドイツの連邦法制定の特定の要件に合わせて修正される。

コンテンツ・データ規格LegalDocML.deは、立法文書に要求される法的形式と構造をXMLデータ・スキーマで再現することを目的としている。要求される法的形式と構造は、「立法案作成マニュアル」(HdR)、「連邦省庁共同手続規則」(GGO)、「法律規定および行政規則の作成ガイドライン」(HVRV)などで定義されている。これらの要件を技術的に中立なXML形式で再現することで、将来の立法案が、関係者全員が従うことのできる一貫した構造を持つものとなる。また、立法文書内の特定の構造要素やコンテンツ要素に一貫したラベルを付けることで、プロセスをスマートかつユーザー指向でサポートすることができる。この目的のために、デジタル立法支援プロジェクトの一環として、独自の立法用テキストエディタが開発している。 意味的および構文的なコンテンツ要素を一貫して使用することにより、コメントの作成、メモの統合、概要や修正式の作成がより簡単に、ほとんどが自動化された形でできるようになるはずである。これにより、政策担当者が立法文書を扱う日常業務を支援し、立法の形式ではなく内容に割く時間を増やすことができるようになる。

Legal XMLについてはこちら。

ドイツ連邦内務省が考える次のステップ

デジタル立法支援の機能は、何度かの繰り返しで拡張、アップグレードされる予定だ。エディター、電子的規制影響評価(eGFA)、プラットフォームなどのデジタル立法支援モジュールは、継続的に開発され利用可能になる。このプロジェクトでは、意図的にオープンソースのソフトウェアを使用している。また、カスタマイズされたアジャイル開発プロセスで実装されるため、継続的かつ透過的に機能を追加することができる。

オーストラリア(コードとしてのルール)

オーストラリアニューサウスウェールズ州では、Rules as Codeという研究プロジェクトを始めた。

成熟度はnewとあるようにまだ概念コンセプトレベルだろう。

概要にあるように、法律・規制・政策がコンピュータ処理可能にするプロジェクトのようだ。

まだ、法制執務をシステム支援しているというわけではなさそうだ。

各国のデジタル法制執務機能の比較

オーストラリアニューサウスウェールズ州はまだ、検討段階のため除くが、他の3つの例、韓国、EU、ドイツ連邦のデジタル法制執務の機能を比較すると次のようなことが分かる。

  • 立法の草案作成、審査、など全ての過程をオンラインで行うことを想定している。
  • 内部的には、XMLなどを用いて、内容と構造を分離している。レイアウト(一字下げなどで)で構造を表していない。
  • バージョニングの概念を導入している。
  • レビューやコメントなど、オンライン上で審査を行う仕組みを導入している。

日本で、デジタル法制執務を導入するなら

日本でデジタル法制執務を導入するなら、上記のような機能を備えたシステムを導入するのが良いのだろう。

  • (最終的に)立法の草案作成、審査など全ての過程のオンライン化
  • 内部構造を規定し、(一字下げが太文字化による)文章レイアウトではなく、構造化されたデータによる管理
  • バージョニング
  • レビューやコメント機能

などを備えることが重要であると考える。

本質に向き合うために、ICTを導入する

上に紹介したドイツ連邦内務省LegalDocML.deに面白い記述がある。

which will assist policy officers in their daily work with legislative texts and give them more time to devote to the content of legislation rather than its form. (訳) これ(XMLの一貫した利用)により、政策担当者が立法文書を扱う日常業務を支援し、立法の形式ではなく内容に割く時間を増やすことができるようになります。

つまり、形式的な文章フォーム(インデントの字下げなど)に注力するのではなく内容により注力する時間を確保せよ。そのためにICTを活用すると書いている。

日本だと、なぜか法案ミスの話ばかりが取り上げられる。この記事などがそうだ。官僚の劣化? 相次ぐ法案ミス しかし、デジタル技術の導入は何もミスを減らすことにあるのではない、形式的なことはICTにまかせて、内容を検討する時間を確保することこそが、本質である。

上記NHKの記事では、

法案のミスが相次いだことを受けて、政府は、府省庁横断のチームを作り、6月中に再発防止策をまとめる方針だ。

とあるが、再発防止に注力するあまりに生産性の向上(内容に割く時間を作る)視点を忘れない様にお願いしたい。

この記事の今後

できればもう何カ国か増やして機能表を作りたい。多くの国で採用されている機能なら、日本でデジタル法制執務をする際にも必要になるだろう。あと、なかなか公にならないが、各アプリの管理ツールの機能一覧が知りたい。管理ツール、なにか運営する際には意外に重要なので。 いろいろな国のデジタル法制執務のツールご存知でしたら教えていただけたら幸いです。


  1. 多くの国で機能として提供されているなら、日本の法制システムでも必要になるだろう。

  2. 上記報告書では、国家立法支援システムの導入目的として、「立法過程の改善の必要性」「法情報へのアクセス改善の必要性」「実務担当者の専門性の欠如を補う必要性」「立法過程の透明化の必要性」の4点を挙げている。

  3. (どこでも大体口伝で動いていた)。